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Junko/姿勢・痛み改善

西田淳子(にしだ じゅんこ)
ピラティスレア オーナー・インストラクター

  • バスケットボール歴20年以上。止まったら死んじゃうサメ体質です
  • 高校時代、朝練でシュートを100本打つのが日課でした。90本は入ってました(よそ見しても入る、と言われてた時期もあります)
  • 50m走、高校で6.3秒。小学生のとき病院で「我慢してね、僕」と言われたおてんば少女でした
  • 好きな有名人はアーノルド・シュワルツェネッガーとターミネーターに出てくるサラ・コナー。筋肉が好きなんです
  • 幼稚園の頃からブランコで逆さまになるアクロバティックな子でした(今思えば、ピラティスの原点かも)
  • 3人の子どもを育てたシングルマザーです。末っ子の迅汰と一緒にスタジオを運営中
  • 「鯨なんじゃない?止まったら死ぬんでしょ」と友達に言われたことがあります(サメですけどね)
  • じつは何度も体を壊してます。頑張りすぎて入院したことも。だからこそ「頑張りすぎない」の大切さを伝えたい

おてんば少女、バスケに出会う

2~3歳の頃

ちっちゃい頃から、とにかく体を動かすのが好きでした。
ブランコで逆さまになったり、走り回ったり。

小学校で剣道とミニバスケットを始めて、すぐにバスケの虜になりました。
「これだ」って思ったんです。

ボールを追いかけて、走って、シュートを決める。

あの感覚が、たまらなく好きでした。

中学で味わった挫折

中2の修学旅行。みんな聖子ちゃんカット

中学でもバスケ部に所属。

でも――

引退直前で、いじめに遭いました。

原因は、おそらく嫉妬。

バスケもできて、男子とも普通に仲良くしていた私が、疎まれたんだと思います。

曲がったことが許せない性格で、みんながサボろうとしたら「サボったらいかんやん」って言ってしまうタイプ。

それが、けむたがられた。

部活は辞めました。引退目前で。

悔しかった。本当に、悔しかった。

でもその悔しさが、私の中の火を消すんじゃなくて、もっと大きくしたんです。

「絶対に見返してやる」

負けず嫌いの血が、騒ぎました。

高校バスケ――人生を変えた3年間

高3の体育祭の部活対抗リレーで優勝した時🏆
3年生は引退してたから緑ジャージ(笑)

高校でも迷わずバスケ部に入りました。

環境が変わったら、絶対にもう一度やり直すって決めていたから。

同級生5人のうち、小学校からの経験者は私だけ。

「みんなの分、私が頑張らなきゃ」

そんな使命感を持って、毎日全力で練習していました。

最初の1年は、正直しんどかった。

顧問の先生が厳しくて、殴られることもある時代。

「親にも殴られたことないのに、なんであんたに殴られなきゃいけないの」

心の中でそう思いながら、みんなビクビクしていました。

2年生になったとき、転機が来ました。

福岡第一高校の女子バスケを教えていた外部コーチが、うちの高校に来てくれたんです。

このコーチが、すべてを変えました。

練習はそれまでより格段にきつくなった。

でも、殴らない。怒鳴らない。

「苦しい練習をしてきたんだから、試合のときは喜べ。楽しめ。」

「結果が悪かったのはお前たちの責任じゃない。俺たちの責任だ。気にするな。」

まず教えてくれたのは、シュートを決めたらガッツポーズで喜ぶこと

ビクビクしていた私たちが、笑顔でプレーできるようになった。

怯えることなく、思い切りシュートを打てるようになった。

高3のインターハイ予選で県大会を決めた時

毎朝100本のシューティング。

3キロの重りをつけてのトレーニング。

休みは正月とお盆くらい。

しんどかった。休みたかった。

毎日「今日こそ転んで怪我したい、休みたい」って思ってました。

でも――

練習で9割入れば、試合で7割入る。

コーチのその言葉を信じて打ち続けた結果、

朝の100本シュートのうち、90本近くが入るようになりました。

よそ見してても入るんじゃないかってくらいの感覚。

あの頃の私の手は、ボールの軌道を覚えていました。

そして迎えた、あの日。

中学時代にいじめてきた子のチームとの試合。

高校でもバスケを続けた子は一人しかいなかったけど――ボロ勝ちしました。

これが、高校3年間の目標だったんです。

「絶対に勝つ」

ずっとずっと、この日のために練習してきた。

県大会にも出場しました。

卒業した先輩たちが応援に来てくれて、横断幕やジャージまで作ってくれて。

頑張れば応援してくれる人がいるということを、あの日、心の底から実感しました。

高校卒業式。後輩達に囲まれて💐バスケ一筋の青春でした〜🏀

地味なことを、毎日毎日、繰り返す。

その積み重ねが、とんでもない結果を生む。

この経験が、今の私のピラティス指導の原点です。

社会人、結婚、そして離婚――激動の20~30代

20歳の頃

高校卒業後、バスケ部の先輩の紹介でスポーツ用品の卸売会社に就職しました。

24歳で結婚。大阪、岡山、横浜――転勤族の妻として各地を転々としました。

子どもは3人。長女、長男、次男。

今は長女が30歳。一番下の迅汰(しゅんた)が、今一緒にスタジオを運営しています。

36歳で離婚。

子ども3人を連れて、福岡に帰ってきました。

一番下はまだ保育園児。

ここから、本当の戦いが始まりました。

生命保険の営業――頑張りすぎた日々

36歳で離婚直後。「死ぬ気でこの子らを守る!」と決意した時

37歳から太陽生命で保険の営業を始めました。

飛び込み営業で、ペアを組んで1日100件回る日々。

まわりがサボってファミレスで時間をつぶす中、

私は真面目に午前午後、飛び込みを続けました。

1年半後、支部長補佐に抜擢。新人育成も任されるように。

でも――

また、あの壁がやってきました。

女性の多い職場での妬み。

「新人のくせに会社から目をかけてもらって」

陰で言われていました。

さらに39歳のとき、交通事故に遭いました。

車は大破。右半身――首、肩、腰、膝が痛くて、バスケのときも膝がガクンとなって走れない。

メンタルの不調と事故が重なって、仕事にも行けない日々。

今思えば、うつだったと思います。

40歳で退職。

3人の子どもを抱えて、「私はこれから何をすればいいんだろう」と途方に暮れました。

ピラティスとの運命の出会い

ピラティス養成コースで出会った同期と

体を壊して、バスケも思うようにできなくなった。

でも、体を動かしたい。動かしながら、整えたい。

「ヨガでも始めようかな」

そう思ってネットで検索したとき、“ピラティス”という見慣れない言葉が目に飛び込んできました。

15年前のこと。ピラティスなんて、まだほとんど誰も知らない時代。

でも、心のどこかで思っていたんです。

20歳のとき、バスケ仲間がエアロビのインストラクターになったのを見て、

「運動を仕事にできるって、うらやましいな」と。

その想いが、ずっと頭の片隅にありました。

養成講座の資料請求をしたら電話がかかってきて、「一度体験に来ませんか?」と。

体験を受けた瞬間、「これだ」と思いました。

人間の体には何百もの骨があって、何百もの筋肉がある。

それを一つひとつ鍛えていくんだよ――

その説明を聞いたとき、高校時代にアーノルド・シュワルツェネッガーが好きで、ターミネーターのサラ・コナーに憧れていた自分を思い出しました。

「私、こういうの好きだ。」

体を動かすことへの情熱と、筋肉や体の仕組みへの興味。

その両方が、ピラティスでぴったり合致したんです。

10年間の泣かず飛ばず――それでも諦めなかった

デイサービスの営業後にレッスンしていた頃

でも、すぐにピラティスで食べていけるようになったわけじゃありません。

40歳から、介護の資格とピラティスの資格を同時に取得。

まずは生活の柱として介護士として働きながら、友達にピラティスを教えることから始めました。

本当はマシンピラティス(リフォーマー)がやりたかった。

でもお金がなくて、手が届かない。

「いつかはリフォーマー」――その夢を10年間、抱き続けました。

介護の職場ではまたメンタルを壊し、軽度のうつと診断され休職。

「本当に私は何がしたいんだろう?」

自分に問いかけたとき、答えはいつも同じでした。

「運動で体を整える仕事がしたい」

45歳でトレーナー養成校に入校。学科首席で卒業。

トレーナー養成校で若いメンズに囲まれながら実技に奮闘中

一念発起し、体のことを深く学び直すため、スポーツトレーナーの養成校に入校。

座学・実技に加え、栄養学、ストレッチ、スポーツ整体など多角的に学びました。

その後、トレーナー養成校の先生の紹介で、スパの鍼灸院で働くことに。

そこからご縁が繋がって岩盤ピラティスを教えるようになりました。

岩盤ピラティスのお客様でリンパマッサージをしている方と出会いました。

もともと気になっていたリンパマッサージ。

これが衝撃的に気持ちよくて、自分自身も痩せたんです!

「リンパマッサージとピラティスを組み合わせたら、喜んでもらえるんじゃないか?」

と思い、リンパマッサージの資格を取得。

岩盤ピラティスのお客様と。この頃が一番引き締まっていた

シルクサスペンションの資格も取得。

外部でやる話が挙がったけど、工事費がかかりすぎて、2回も話が立ち消えに。

「もう、自分でやるしかない」

48歳、自宅のリビングから始まった夢

木枠の工事直後。高2のシュンタ(細い笑)

長男が県外の大学へ。長女も独立。

次男の迅汰と2人暮らしになって、リビングが広くなった。

「……ここで、できるんじゃない?」

知り合いの大工さんにお願いして、リビングにシルクサスペンションの枠を作ってもらいました。

管理会社にも交渉して、自宅での開業許可を取得。

隣の部屋ではリンパマッサージ。リビングではシルクサスペンション。

48歳、自宅の一室から、夢のスタジオが始まりました。

始めてみたら、思った以上にお客さんが来てくれて、

3ヶ月でデイサービスの仕事を卒業。

円満退社で、ピラティス一本の道へ。

コロナ禍の決断――マシンピラティスへ

たまに金髪になります(笑)

2020年、コロナ禍。

休業を余儀なくされ、先が見えない日々。

でも、ここで運命の転機が。

独立企業している方から「コロナ融資が出るよ。借りられるうちに借りて、設備投資した方がいい」とアドバイスをもらいました。

10年間ずっと夢見ていたマシンピラティス。

小規模事業者持続化補助金にもチャレンジして、採択。

お金を借りて、マシンを導入して、場所を探して――

そして見つけた、今の二日市のスタジオ。

「ピラティスレア」の誕生です。

家族からは心配されました。

「ピラティスってよくわからんし」「コロナ禍で店出して大丈夫?」

でも、もう後がなかった。やるしかなかった。

ブームが来ているなんて知らなかった。

ただ、10年間諦めなかった夢を、やっと形にできた。

それだけでした。

ピラティスが教えてくれたこと

整骨院でのイベント「骨盤底筋群に特化したクラス」

保険営業時代、左肩に重い書類を抱えて毎日歩いていた私は、ひどい肩こりに悩まされていました。

毎日のように整骨院に通い、「もっと強く揉んでください」と頼む日々。

交通事故の後は右半身の痛みが加わり、整形外科、整骨院、鍼灸――どこに行っても改善しない。

それが、ピラティスを始めてから変わりました。

「もっと強く」と頼んでいた強揉みが、

だんだん「もうちょっと弱くていい」に変わり、

「触るくらいでいい」に変わり、

最終的に――整体を卒業できたんです。

肩の痛みはリフォーマーで完全に改善。

腰椎ヘルニアからの坐骨神経痛も、ピラティスで付き合えるレベルに。

病院に行かなくても、自分の体と付き合っていける。

ピラティスは、私の体を「自分で守れる体」に変えてくれました。

頑張りすぎた私だから、伝えたいこと

篠栗のトレーニング施設に勤務していた頃

振り返ると、私の人生はいつも全力疾走でした。

バスケに打ち込みすぎて、いじめにも負けず走り続けた学生時代。

シングルマザーで3人の子どもを育てながら、保険営業で1日100件飛び込んだ日々。

週4でバスケをし、高速バスで県外まで試合に行った日々。

介護士をしながらピラティスを学び続けた日々。

リンパマッサージで1日9時間中腰、体を壊した日々。

友達に言われたことがあります。

「淳子って、サメなんじゃない?止まったら死ぬんでしょ」

……当たってるかもしれません(笑)

でも、止まらなかった代わりに、何度も体を壊しました。

年に1回はガチャンと崩れるのが、私のパターンでした。

だからこそ、今は声を大にして言いたい。

「頑張りすぎなくていいんだよ」

頑張りすぎた私だからこそ、

その言葉に説得力があると思っています。

これからの「ピラティスレア」

韓国のジュヒ先生と。私のレッスンはジュヒ先生の影響をとても受けています。

ピラティスレアには、いろんな悩みを抱えた方がいらっしゃいます。

肩こり、腰痛、産後の体型変化、運動不足、更年期の不調――

でも、きっと体の悩みだけじゃないと思うんです。

仕事を頑張りすぎて疲れている方。

家事も育児も全部自分でやろうとしている方。

「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込んでいる方。

その気持ち、めちゃくちゃわかります。私がそうだったから。

ピラティスは、地味です。

派手な動きはないし、すぐに劇的な変化があるわけでもない。

でも、毎朝100本シュートを打ち続けて90本入るようになった私は知っています。

地味なことを、コツコツ続けた先に、想像もしなかった景色が広がる。

頑張りすぎなくていい。

でも、諦めなくていい。

自分の体は、自分で守れるようになる。

自分のペースで、少しずつ変わっていける。

さあ、私と一緒に始めましょう。

ピラティスレアで、お待ちしています。

西田淳子 経歴

ピラティスレア オーナー・インストラクター

  • バスケットボール歴20年以上
  • ピラティスインストラクター歴15年
  • STOTTO PILATES IMP : マット初中級
  • Body Element System JAPAN 認定 Reformer / Tower / Chair / Ladder Barrel
  • シルクサスペンション認定インストラクター 初級/中級/バンジー
  • スポーツインストラクター養成校 学科主席卒業
  • 深部リンパケアトレーナー
  • 介護福祉士